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2009年1月アーカイブ

作家略歴 小杉放庵(こすぎほうあん)

 

         明治14年(1881)~昭和39年(1964)
         栃木県日光で生れ、新潟県新赤倉で歿。本名は国太郎。
               父は国学者で、日光町長も勤めていた。

 

明治29年    日光在住の洋画家・五百城文哉の内弟子となる。
明治33年    上京して、小山正太郎の不同舎に入門する。
明治35年    太平洋画会入会。
明治37年    未醒の号で出品する。小川芋銭らと交遊する。
明治38年    石井柏亭らと雑誌「平坦」を創刊。
明治40年    美術雑誌「方寸」が創刊され、同人に加わる。
            この年から、初期文展に出品する。
大正 2年     渡仏する。
大正 3年     帰国。再興院展に出品。同人として洋画部を主宰する。
           二科会にも同時に籍をおく。
大正  6年    二科会を脱退。
大正  9年    日本美術院を脱退。    
大正11年    森田恒友、山本鼎、倉田白羊、足立源一郎らと春陽会を創立。
大正13年    号を放庵と改めた。
昭和  4年    華厳社そ創立。
昭和10年    帝国美術院会員。


       洋画に留まらず、漫画、挿絵なども手がけ
       陽春会に所属しながらも日本画を制作する。
       フランス帰国後から、油絵をやめ墨画が多くなる。

 

小杉放庵(こすぎほうあん)の作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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作家略歴 彼末宏(かのすえひろし)

 

         昭和2年(1927)~平成3年(1991)
         東京で生れ、東京で歿。

 

昭和21年    北海道立小樽中学校を卒業。
          陸軍士官学校を経て、東京美術学校油画科(梅原龍三郎教室)入学。 
昭和27年    主席で卒業する。
昭和29年    東京美術学校油絵科助手となる。
          国画会に出品し、新人賞を受賞する。
昭和32年    国画会賞受賞。
昭和33年    西欧学芸研究所より奨学金を受け渡欧する。
昭和34年    帰国。
昭和35年    国画会会友賞を受賞。会員となる。
昭和39年    再渡欧する。
昭和40年    帰国。
昭和44年    東京芸術大学助教授となる。
昭和55年    東京芸術大学教授に就任。

 

       黒を基調とした画面の中で、濁ることなく透明感を表現し、
       神秘的な感動を見るものに与える作品である。

 

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作家略歴 川端龍子(かわばたりゅうし)

 

         明治18年(1885)~昭和41年(1966)
         和歌山市で生れ、東京で歿。本名は昇太郎。
                   当初は、白馬会絵画研究所で洋画を描く。

 

明治39年     太平洋画研究所で洋画を学ぶ。
            油絵で文展に入選する。
大正 2年    渡米。帰国後に日本画に転向した。
                 ボストン美術館で鎌倉期の名作「平治物語絵巻」を観て
                      強い感銘を受けたことがきっかけとなる。
大正 4年         平福百穂(ひゃくすい)らと「珊瑚会」を結成する。
                      再興日本美術院展に初入選。
大正 6年    再興日本美術院同人となる。
昭和 3年    日本美術院同人を辞する。
昭和 4年    「青龍社」を旗揚げ、独自の道を歩む。    
昭和10年        帝国美術院会員に任命される。
昭和11年        帝国美術院会員を辞する。
昭和34年        文化勲章を受章する。

 


       「会場芸術」の豪放な大作主義による日本画を主張して、
       大画面の屏風画を得意とし、大正、昭和の日本画壇においては、
       異色の存在であった。

 

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川端龍子記念館

作家略歴 岡田三郎助(おかださぶろうすけ)

         明治2年(1869)~昭和14年(1939)
         佐賀県で生れ、東京で歿。
         佐賀鍋島藩の名家であった石尾家に生まれ、
         後に岡田家の養子となる。

明治20年   洋画家・曽山幸彦の画塾に入門。
明治22年   明治美術会会員。
昭和27年   久米桂一郎の天真道場に入門、黒田清輝の指導を受ける。
明治29年   白馬会の創立に参加する。東京美術学校助教授となる。
明治30年   第1回の文部省留学生として渡仏。ラファエル・コランに師事する。
明治35年   帰国。東京美術学校の教授に就任する。
明治40年   第1回文展審査員に選ばれる。
明治45年   藤島武二と本郷洋画研究所を設立。
大正  8年   帝国美術院会員。
昭和  9年   帝室技芸員。
昭和12年   文化勲章を受章する。

       岡田三郎助の作品は、日本的な感覚の洋画による作風が特徴である。
       上品で優雅な婦人像を得意としていた。

岡田三郎助(おかださぶろうすけ)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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作家略歴 鏑木清方(かぶらききよかた)

         明治11年(1878)~昭和47年(1972)
         東京で生れ、同地で歿。

明治24年   浮世絵師の系譜を引く水野年方に入門する。
         十代にしてすでにプロの挿絵画家として活躍する。
明治34年   同士と共に烏合会を結成。挿絵から本絵への展開をはかる。
         初期の代表作には「一葉女史の墓」のような文学的作風がある。
大正  5年   吉川霊華、平福百穂らと金鈴会を結成する。
大正  8年   第1回帝展から審査員をつとめる。
昭和  2年   第2回帝展出品作「築地明石町」が帝国美術院賞を受賞。
昭和  4年   帝国美術院会員。
昭和19年   帝室技芸員となる。
昭和29年   文化勲章を受章する。

       清方は自分がこよなく愛した東京の下町風俗や当世風の美人画を
       描き続け、人物の容姿だけでなく内面の心理まで描き尽くす描写
       が高い芸術性を持ち特徴でもある。

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作家略歴 岡鹿之助(おかしかのすけ)

         明治31年(1898)~昭和53年(1978)
         東京で生れ、同地で歿。
         麻布中学校2年のときから、岡田三郎助に師事。

大正  8年   東京美術学校西洋画科に入学。
大正13年   東京美術学校を卒業する。
          昭和14年までフランス滞在。サロン・ドートンヌ会員となる。
昭和15年   陽春会会員となる。
昭和27年   芸術選奨文部大臣賞を受賞する。
昭和32年   毎日美術賞受賞。
昭和39年   日本芸術院賞受賞。
昭和44年   日本芸術院会員となる。
昭和47年   文化勲章を受章する。

       岡鹿之助の作品の特徴は、試行錯誤の末到達した
       独自の点描画法による作風である。
       静けさの中に広がる、幻想的な風景画を多く残した。

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作家略歴 奥村土牛(おくむらとぎゅう)

         明治22年(1889)~平成2年(1990)
         東京で生れ、同地で歿。

明治38年   梶田半吉塾に入門。
          当時塾頭の小林古径に日本画の指導を受ける。
明治40年   東京勧業博覧会に「敦盛」が入選。
大正  6年   木版スケッチ集を出版。雅号をを土牛とする。
大正  9年   小林古径宅に住み込み指導を受ける。
大正12年   日本美術院研究会員となる。
昭和  2年   再興第14回院展「胡瓜畑」が初入選する。
昭和  4年   日本美術院院友。
昭和10年   帝国美術学校日本画科主任教授となる。
昭和22年   帝国芸術院会員。
昭和34年   第44回院展にて「鳴門」を出品する。
昭和37年   文化勲章を受章する。
昭和53年   日本美術院理事長に任命。
平成  2年   日本美術院名誉理事長となる。

       奥村土牛は非常に微妙な色加減によるやわらかい作品が特徴である。

奥村土牛(おくむらとぎゅう)の作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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奥村土牛美術館

作家略歴 牛島憲之(うしじまのりゆき)

         明治33年(1900)~平成9年(1997)
         熊本県で生れ、東京で歿。


大正11年   東京美術学校入学(岡田三郎助教室)
昭和 2年   東京美術学校を卒業する。帝展初入選
昭和10年   東光会展K氏奨励賞
昭和17年   創元会会員となる。
昭和24年   須田寿らと立軌会を設立。
昭和40年   東京芸術大学教授
昭和44年   芸術選奨文部大臣賞受賞。
昭和46年   熊本県近代文化功労者
昭和56年   日本芸術院会員となる。
昭和57年   文化功労者に選ばれる。
昭和58年   文化勲章を授章した。


       牛島憲之は東京藝術大学教授をつとめ、後進の指導にあたる。

牛島憲之(うしじまのりゆき)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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作家略歴 小茂田青樹(おもだせいじゅ)

         明治24年(1891)~昭和8年(1933)
         埼玉県川越市で生れ、神奈川県逗子市で歿。

明治41年   東京の松本楓湖(まつもとふうこ)の安雅堂画塾に入門。
           同日入門の速水御舟(はやみぎょしゅう)と終生のライバルとなる。
大正  3年   日本美術院再興に参加。
           同門の今村紫紅(いまむらしこう)がリーダーの赤曜会に参加。
大正10年   日本美術院同人となる。
大正14年   杉立社組織する。
昭和  5年   帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)で教える。

       小茂田青樹の作風は、自然観照の鋭さから鋭さから生み出される写実と
       詩情性の豊かさが特徴である。

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加山又造 (かやままたぞう)の絵画作品のご売却をお考えの場合は、
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作家略歴 伊藤清永(いとうきよなが)

         明治44年(1911)~平成13年(2001)
         兵庫県で生れ、東京で歿。

昭和  8年   白日会に出品して、白日賞を受賞。帝展初入選。
昭和10年   東京美術学校西洋科を卒業する。
昭和11年   文化選奨を授章。白日会会員に推挙される。
昭和22年   日展で特選を受賞する。
昭和23年   日展で特選を受賞する。
昭和51年   総理大臣賞を受賞する。
昭和52年   日本芸術院恩賜賞を受賞する。
昭和59年   日本芸術院会員となる。
平成  3年   文化功労者となる。
平成  8年   文化勲章を授章する。

       日展顧問をつとめ、白日会会長。

伊藤清永(いとうきよなが)の作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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伊藤清永美術館

 

作家略歴 奥田元宋(おくだげんそう)

         大正1年(1912)~平成15年(2003)
         広島県で生れ、東京で歿。

昭和 6年   上京して、児玉希望に師事する。
昭和11年   文展に初入選する。
昭和12年   特選を授章する。 その後は、日展に出品を重ねる。
昭和37年   文部大臣賞を授章。
昭和38年   芸術院賞を受賞する。
昭和48年   芸術院会員となった。
昭和56年   文化功労者
昭和59年   文化勲章を受章する。

       日展理事長もつとめた。

奥田元宋(おくだげんそう)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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 奥田元宋・小田女美術館
 



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