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2009年6月アーカイブ

作家略歴 塩出英雄(しおいでひでお)

         明治45年(1912) ~ 平成13年(2001) 
         広島県福山市で生れ、東京で歿。


昭和  6年    帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)日本画科に入学する。
           奥村土牛に日本画を学ぶ。
昭和12年    院展に『静座』が初入選する。
昭和14年    院友となる。
昭和25年    『泉庭』を出品し、第一回「大観賞」を受賞する。
昭和36年    日本美術院賞を受賞する。 同人となる。
昭和44年    総理大臣賞を受賞する。
昭和45年    評議員となる。
昭和48年    紺綬褒章を受章する。
昭和55年    財団法人日本美術院理事に就任する。
昭和59年    武蔵野美術大学名誉教授に就任する。
           勲四等旭日小綬章を受章する。
昭和60年    武蔵野美術学園長に就任する。

       塩出英雄は、日本美術院展で活躍した風景画家である。

塩出英雄(しおいでひでお)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。
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作家略歴 服部正一郎(はっとりしょういちろう)

         明治40年(1907) ~ 平成7年(1995)  
         茨城県龍ヶ崎市に生れ、取手市で歿。

昭和  4年    日本美術学校洋画科を卒業。第16回二科展に初入選する。
昭和11年    宮本三郎、田村孝之介、田崎廣助らと新美術家協会に参加する。
昭和12年    二科会会友となる。
昭和16年    二科会会員となる。
昭和18年    二科会評議員に就任する。
昭和27年    会員努力賞を受賞する。
昭和43年    第52回二科展出品作『水郷』で日本芸術院賞を受賞する。
昭和53年    二科会常任理事をつとめる。
昭和58年    勲四等旭日小綬章を受章する。
昭和62年    日本芸術院会員となる。
平成  4年    勲三等瑞宝章を受章する。

       服部正一郎は、二科会で活躍した風景画家である。

服部正一郎(はっとりしょういちろう)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。
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作家略歴 佐藤太清(さとうたいせい)

         大正2年(1913) ~ 平成16年(2004) 
         京都府福知山で生れ、東京で歿。本名は實。

昭和  8年    児玉希望塾入門。雅号を「太清」とする。
昭和18年    第6回新文展で『かすみ網』が初入選する。
昭和22年    第3回日展で『清韻』が特選となる。
昭和27年    第8回日展で『睡蓮』特選となり、朝倉賞を受賞する。
昭和40年    日春会委員となる。日展評議員に就任する。
昭和41年    第9回新日展で『風騒』が文部大臣賞を受賞する。
昭和42年    日本芸術院賞を受賞する。
昭和46年    日展理事に就任する。
昭和55年    日展常務理事に就任する。芸術院会員となる。
           紺綬褒章を受章する。
昭和60年    勲三等瑞宝章を受章する。日展理事長に就任。
平成  4年    文化勲章を受章する。

       佐藤太清は、花鳥画と風景画を融合させて独自の
       作風を築いた作家である。

佐藤太清(さとうたいせい)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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佐藤太清記念美術館

作家略歴 楢原健三(ならはらけんぞう)

         明治40年(1907) ~ 平成11年(1999)  
         東京に生れ、同地で歿。

昭和  3年    東京美術学校に入学する。藤島武二に師事。
昭和  5年    帝展に初入選する。
昭和  8年    東京美術学校を卒業する。
昭和22年    日展にて岡田賞そ受賞する。
           示現会の創立に参加、創立会員となる。
昭和33年    日展会員となる。
昭和46年    文部大臣賞を受賞する。
昭和54年    示現会理事長に就任する。
昭和56年    日本芸術院賞を受賞する。日展理事となる。
昭和63年    日本芸術院会員となる。
平成  5年    勲三等瑞宝章を受章する。

       楢原健三は、日展、示現会で活躍した風景画家である。

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作家略歴 今野忠一(こんのちゅういち)

         大正4年(1915) ~ 平成18年(2006) 
         山形県天童市で生れ、埼玉県で歿。

昭和  9年    上京し、児玉希望の画塾に入門する。
昭和15年    第27回院展で『菜園が初入選する。郷倉千靱に師事する。
昭和29年    第39回院展で『晩彩』が奨励賞を受賞する。
昭和30年    第40回院展で『暮秋』が日本美術院賞を受賞する。
昭和33年    第42回院展で『老樹』が日本美術院賞次賞・文部大臣賞受賞
昭和34年    院展同人に推挙される。
昭和35年    第44回院展の出品作『山霧』で日本芸術院賞を受賞する。
昭和52年    第62回院展で『妙義』が内閣総理大臣賞を受賞する。

       今野忠一は、山岳風景画家として、精神性の高い
       「浅間」『磐梯」「妙義」などを重厚な作風で描いた。
       愛知県立芸大、東北芸術工科大の教授を務め、
       後進の育成に尽力した。

今野忠一(こんのちゅういち))の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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作家略歴 中畑艸人(なかはたそうじん)

         明治45年(1912) ~ 平成11年(1999)  
         和歌山に生れ、兵庫で歿。

昭和  5年    日本水彩画展に出品する。
昭和  7年    和歌山県師範学校を卒業する。
昭和  8年    帝展に出品する。
昭和13年    上京する。硲伊之助に師事し、油彩画を学ぶ。
昭和14年    一水会展に出品する。
昭和21年    一水会会員となる。
昭和23年    美術団体連合展に出品する。
昭和28年    一水会会員優賞を受賞する。
昭和30年    日展初出品し、特選となる。
昭和32年    吹田市文化賞を受賞する。
昭和35年    一水会委員となる。
昭和39年    渡欧する。(以後4回)
昭和43年    鴨居玲らと赫土会を結成する。
昭和52年    一水会常任委員となる。

       中畑艸人は、初期には水彩画を描いていたが
       油彩画に転向する。風景画を描いていたが、
       のちに競走馬をテーマに描き続けるようになる。
       日本中央競馬会馬事文化賞選考委員もつとめた。

中畑艸人(なかはたそうじん)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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作家略歴 郷倉千靱(ごうくらせんじん)

         明治25年(1892) ~ 昭和50年(1975) 
         富山県で生れ、東京で歿。本名は與作。

大正  4年    東京美術学校日本画科を卒業する。寺崎広業に師事する。
大正  5年    渡米する。
大正10年    第8回院展に初入選する。
大正13年    日本美術院同人に推挙される。
昭和  7年    帝国美術学校の教授となる。
昭和11年    多摩造形芸術専門学校の教授となる。
昭和35年    第44回院展の出品作『山霧』で日本芸術院賞を受賞する。
昭和46年    勲四等旭日小綬章を受章する。
昭和47年    日本芸術院会員となる。

       郷倉千靱は、長い間日本美術院の中心で活躍した作家である。
       画塾草樹社を率いるなど、長くに渡り後進の指導にあたった。

郷倉千靱(ごうくらせんじん)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。
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作家略歴 寺内萬治郎(てらうちまんじろう)

         明治23年(1890) ~ 明治39年(1964)  
         大阪に生れ、埼玉県浦和で歿。

明治38年    松原三五郎の天彩が塾で学ぶ。
明治43年    白馬会に入る。黒田清輝の指導を受ける。
大正  5年    東京美術学校(現:東京芸術大学)西洋画科を卒業する。
大正  7年    第18回文展で初入選する。
大正11年    金塔社を結成する。
大正14年    第6回帝展で『裸婦』で特選となる。
大正15年    石榴社を結成する。
昭和  2年    第8回帝展で『イコンと女』が特選となる。
昭和  4年    光風会会員となる。
昭和  8年    第14回帝展より審査員となる。
昭和18年    東京美術学校講師となる。
昭和25年    日展運営会参事となる。
昭和26年    『横臥裸婦』で日本芸術院賞を受賞する。
昭和33年    日展評議員となる。
昭和35年    日本芸術院会員となる。日展理事となる。

       寺内萬治郎は、日本人の裸婦の形に愛着を感じ
       日本の風土に根ざした「裸婦」を目指して毎日毎日を楽しみに 
       描き続けた作家である。      
       デッサン力に基づいた描写力で、重厚で品位のある作品をのこした。     

寺内萬治郎(てらうちまんじろう)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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作家略歴 菊池契月(きくちけいげつ)

         明治12年(1879) ~ 昭和30年(1955) 
         長野県中野で生れ、京都で歿。本名は完爾。

明治24年    南画家の児玉果亭に師事する。
明治30年    菊池芳文に師事する。同門に竹内栖鳳他。
明治38年    菊池芳文の養嗣子となる。
明治39年    第1回文展に『春暖』を出品する。
大正  8年    第1回帝展に『庭の雪』発表。帝展審査員となる。
大正11年    渡欧する。
大正12年    帰国。
大正14年    帝国美術院会員となる。
昭和  7年    京都市立絵画専門学校、
           京都市立美術工芸学校両校の校長となる。
昭和  9年    帝室技芸員となる。
昭和11年    第1回改組帝展審査委員となる。
昭和12年    帝国芸術院会員なる。
昭和21年    第1回日展の審査員となる。
昭和24年    日本芸術院会員となる。
昭和25年    京都市立美術大学名誉教授となる。

       菊池契月は、清楚な歴史画や人物画などを描いた。
       そこには、四条派や大和絵などの手法をとり入れていた。、
       渡欧中、ルネサンス絵画や古代エジプト美術に大きな影響を受けた。
       帰国後は、西洋絵画と大和絵を融合した独自の作風の作品を描いた。

菊池契月(きくちけいげつ)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。
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作家略歴
         文政11年(1828) ~ 明治27年(1894)  
         江戸に生れ、東京で歿。

文久  2年    蕃書調所画学局に入局する。川上冬涯に師事する。
慶応  2年    横浜在住のイギリス人ワーグマンに師事する。
慶応  3年    パリ万博博覧会へ出展する。
明治  5年    ウィーン万国博に『富嶽大図』出品する。画塾「天絵舎」を創設。
明治  7年    第4回京都博覧会に『鮭』出品する。
明治  9年    第1回内国勧業博覧会で三等花紋褒賞を受賞する。
明治11年    元老院の依頼で明治天皇の肖像画を描く。
明治12年    金刀比羅宮に「天絵舎」の資金融資を依頼し、油絵を奉納する。
明治12年    日本初の美術雑誌「臥遊席珍」を発行する。
明治25年    賞勲局から銀杯、明治美術会より賞状を受ける。

       高橋由一は、日本で最初の本格的な油絵の技法を習得した
       画家であるといって良い作家である。

高橋由一(たかはしゆいち)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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作家略歴
         明治9年(1876) ~ 昭和17年(1942) 
         茨城県笠間で生れ、東京で歿。本名は信太郎。

明治22年    川端玉章に師事し、画塾「天真社」で学ぶ。
明治23年    東京美術学校に入学する。
明治28年    岡倉天心の率いる日本絵画協会に参加する。
明治30年    日本美術院創立に参加する。
明治34年    日本美術院正員となる。
明治39年    日本美術院の五浦移転にあたり横山大観、下村観山、
           菱田春草らとともに北茨城の五浦に移住する。
明治40年    第1回文展で『阿房劫火』が入賞。
           国画玉成会に参加し評議員、幹事となる。
明治42年    第4回文展で 『孔雀明王』が入賞する。
大正  3年    日本美術院の再興に経営者同人、評議員として参加する。
昭和10年    帝国美術院の参与となる。

       木村武山は、色彩感覚に優れていた。写実的な描写力と古典に
       基づいた、花鳥画や歴史画を得意としていた。
       また、晩年には仏画も多く手がけるようになり、華麗な仏画は
       近代仏画の第一人者と称されている。

木村武山(きむらぶざん)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。
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作家略歴

         明治24年(1891) ~ 昭和36年(1961)  
         京都に生れ、同地で歿。

大正  5年    京都帝国大学哲学科(美学美術史)を卒業して大学院に進む 。
大正  6年    関西美術院に入学する。
大正  8年    渡欧する。
           マドリードを拠点にスペイン美術とヴェネツィアを研究する。
大正12年    帰国する。京都帝国大学で講師をする。
昭和  7年    東京銀座の資生堂画廊で、初めての個展を開催。
昭和  9年    独立美術協会会員となる。
昭和22年    日本芸術院会員になる。
昭和25年    京都市立美術大学(現:京都市立芸術大学)教授にとなる。
昭和31年    第28回ヴェネツィア・ビエンナーレに『法観寺塔婆』などを出品。
昭和34年    毎日美術賞を受賞する。

       須田国太郎は、思想性豊かな暗褐色を基調とし、
       独自の重厚な作風を確立した作家である。
       東西絵画の融合を視野に、制作活動を続けた。

須田国太郎(すだくにたろう)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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作家略歴

         明治13年(1880) ~ 昭和17年(1942) 
         京都で生れ、同地で歿。本名は万蔵。

明治31年    円山派の流れを引く山本春挙に師事する。
明治33年    新古美術品展に出品をする。
明治41年    第2回文展に『黄昏』が初入選する。
明治42年    第3回文展で『山村暮靄』が三等賞となる。
明治43年    第4回文展で『夕月』が連続して三等賞となる。
大正  3年    第8回文展で『比叡山三題』が二等賞となる。
大正  4年    第9回文展で『連峰映雪』が連続して二等賞となる。
大正  5年    第10回文展で『竹生島』が特選を受賞する。
大正  6年    第11回展では『日本三景』が連続して特選を受賞する。
大正  8年    第1回より帝展の審査員を務める。
昭和  6年    帝国美術院会員となる。
昭和  8年    春挙の死去により、画塾早苗会を主宰する。
昭和11年    京都市立美術工芸学校の校長となる。
           京都市立絵画専門学校の校長となる。

       川村曼舟は、自然の美しさを、写生に基づき洗練された感覚で描く
       風景画を得意とした。小村大雲、庄田鶴友、服部春陽と共に、
       春挙門下の四天王の一人といわれていた。

川村曼舟(かわむらまんしゅう)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。
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作家略歴

         大正6年(1917) ~ 平成8年(1996)  
         埼玉県熊谷市に生れ、浦和市で歿。

昭和15年    東京物理学校を中退する。出征する。
昭和21年    二科展に初入選する。
昭和23年    二科展で特賞となる。
昭和25年    二科会賞を受賞する。
昭和29年    二科会の会員となる。
昭和35年    第45回二科展で会員努力賞を受賞する。
昭和36年    第46回二科展でパリ賞を受賞する。
昭和44年    第54回二科展で東郷青児賞を受賞する。
昭和47年    第57回二科展で総理大臣賞を受賞する。
昭和58年    埼玉県文化賞を受賞する。
平成  2年    勲四等瑞宝章を受章する。

       斉藤三郎は、出征中画家になることを決意し
       独学で絵画を学び、画家となる。

斉藤三郎(さいとうさぶろう)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。

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作家略歴

         天保13年(1842) ~ 大正2年(1913) 
         京都で生れ、東京で歿。本名は滝之助。

嘉永 5年    中島来章に師事して、 円山派を学ぶ。
慶応 2年    江戸に移り、高橋由一に洋画を学ぶ。
明治11年    画塾天真堂(天真社)を開設する。
明治14年    第1回内国絵画共進会で受章する。
明治16年    第2回内国絵画共進会で銅賞を受章する。
明治21年    東京美術学校創立にともなって教授となる。
明治29年    帝室技芸員となる。
明治30年    日本美術院会員となる。
明治42年    東京小石川に、川端画学校を開校する。
明治45年    東京美術学校を退職する。

       川端玉章は、円山派の伝統を重んじた、花鳥山水画を得意とした。
       川端画学校では、後進の指導に尽力し
       日本画家だけでなく洋画家も数多く輩出した。

川端玉章(かわばたぎょくしょう)の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人です。
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川端玉章(かわばたぎょくしょう)の絵画作品のご売却をお考えの場合は、
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作家略歴 斉藤真一(さいとうしんいち)

         大正11年(1922) ~ 平成6年(1994)  
         岡山に生れ、東京で歿。

昭和17年    東京美術学校(現:東京藝術大学)に入学する。
昭和18年    学徒出陣する。
昭和21年    復学しする。
昭和23年    東京美術学校(現:東京藝術大学)を卒業する。
昭和24年    第4回日展に『鶏小屋』が初入選する。
昭和32年    光風会展プールブー賞を受賞する。
昭和34年    フランスに留学する。藤田嗣治らと親交を結ぶ。
昭和36年    津軽、北陸を旅する。女の絵を描き始める。
昭和46年    安井賞展で佳作賞を受賞する。
昭和48年    日本エッセイストクラブ賞を受賞する。
昭和50年    第11回フランス賞展で2席に入賞する。
昭和57年    紺綬章授章を受章する。

       斉藤真一は、1960年代に津軽、北陸を旅して、
       盲目の旅芸人「瞽女」(ごぜ)に出会い、その後の彼の作品の
       大きなテーマとなる。
       文学と絵画に孤独と情愛の世界を描いた、瞽女シリーズは
       異色の傑作といえる。

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作家略歴 棟方志功(むなかたしこう)

         明治36年(1903) ~ 昭和50年(1975)  
         青森市に生れ、東京で歿。

 
大正10年    ゴッホの「ひまわり」を見て画家になろうと決心する。
大正13年    画家を志し上京する。
昭和  3年    第8回日本創作版画協会展、第6回春陽会展に入選する。
           第9回帝展に「雑園」(油絵)を出品し、入選する。
昭和  5年    国画会に版画を出品する。
昭和10年    国画会会友に推挙される。
昭和11年    国画会に出品した『大和し美し』が出世作となる。
昭和13年    第2回新文展に「善知鳥(うとう)」を出品、特選を受賞する。
昭和14年    『釈迦十大弟子』を制作する。
昭和15年    第5回佐分賞を受賞する。
昭和20年    東京代々木の自宅を空襲で消失する。戦前の作品、板木を失う。
昭和27年    第2回スイスのルガノ国際版画展で日本初の優秀賞を受賞する。
昭和30年    第3回サンパウロ・ビエンナーレ国際美術展で
           版画部門最高賞を受賞する。
昭和31年    第28回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の版画部門で
           日本人として初となるの国際版画大賞を受賞する。
昭和33年    日展会員となる。
昭和35年    日展評議委員となる。左眼を失明する。日版会を設立する。
昭和38年    紺綬褒章を受章。倉敷の大原美術館に棟方館完成。
昭和40年    朝日賞を受賞する。 イタリア芸術院名誉会員となる。
昭和45年    文化勲章を受章する。文化功労者となる。
           毎日芸術大賞を受賞する。

       棟方志功は、独特の世界観で、自分の木版画を板画といい、
       肉質画を倭画と名付けた。 棟方の倭画は、国内外で板画と同様に
       評価を受けている。
       昭和11年の国画会出品作の『大和し美し』が、
       民芸運動をしていた柳宗悦や河井寛次郎、濱田庄司の目に留まり、
       棟方芸術に多大な影響を及ぼすこととなる。 

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棟方志功記念館  棟方板画美術館  やまとーあーとみゅーじあむ

作家略歴 斉藤清(さいとうきよし)

         明治40年(1907) ~ 平成9年(1997)  
         福島県会津板下町に生れ、会津若松市で歿。

昭和10年    第10回国画会展に油彩画を出品、初入選する。
昭和11年    初めて木版画を制作。
           第5回日本版画協会展に出品、初入選。
昭和12年    第12回国画会展版画部門に初入選する。
昭和19年    朝日新聞社に入社する。
昭和24年    国画会会員に推挙される。
昭和26年    サンパウロ・ビエンナーレに『凝視(花)』を出品する。
           サンパウロ日本人賞を受賞。
昭和27年    アメリカ(ニューヨーク)で初の個展を開催する。
昭和29年    朝日新聞社を退社する。
昭和34年    訪仏する。パリに滞在。
昭和39年    ハワイ大学芸術祭に招待される。
昭和40年    版画展のため、オーストラリア訪問する。
昭和42年    版画展のためインドを訪れる。
昭和45年    会津の冬シリーズを発表する。鎌倉市に転居する。
昭和51年    福島県より県外在住者知事表彰を受ける。
           柳津町名誉町民となる。
昭和56年    勲四等瑞宝章を受章する。
昭和62年    鎌倉市から柳津町に転居する。
平成  7年    文化功労者となる。

       斉藤清の作品は、世界中で評価され、
       日本の現代版画の地位を高めた原動力となっています。
       特に会津の冬をライフワークにして、
       民家にこんもりと積もった雪景色の作品が印象的です。

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やないづ町立斎藤清美術館

作家略歴 川崎小虎(かわさきしょうこ)

         明治19年(1886) ~ 昭和52年(1977) 
         岐阜県で生れ、東京で歿。本名は中野隆一。

明治43年    東京美術学校(現:東京藝術大学)を卒業する。
大正  5年    文展で『花合せ』が特選を受賞する。
昭和18年    東京美術学校の教授となる。
昭和36年    日本芸術院賞恩賜賞を受賞する。
昭和42年    武蔵野美術大学名誉教授となる。

       川崎小虎は、祖父の川崎千虎に大和絵を学ぶ。のちに小堀鞆音に
       師事した。日本画を下村観山と川端玉章に学び、洋画を藤島武二
       和田英作に学んだ。
       大和絵を基調としながら、自由奔放な人間的表現へと作風は変化し
       晩年には、身近な風景や、草花、静物などの素朴な主題を描いた。
       小虎の長女は、東山魁夷の妻であり、息子川崎鈴彦、川崎晴彦、
       孫の川崎麻児も日展で活躍する日本画科である。

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ギャラリーアート六本木

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